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【from Editor】テンプルに当てた一発の気概(産経新聞)

 いきなり弱音を吐くようで恐縮だが、明け方近くに帰宅する編集長の仕事は、肉体的にも精神的にも結構こたえる。2日連続の当番を終えると、達成感と同時に疲れがずっしりとのし掛かってくる。

 そんな夜、時々手を伸ばす雑誌の切り抜きがある。中学3年の秋。当時、WBA世界バンタム級の王者だったメキシコのルーベン・オリバレスに東洋タイトルを獲得したばかりの金沢和良が挑戦した試合の写真である。

 ファンならご存じだろうが、ボクシング界で真の「怪物」と言ったら、今でもこのオリバレスしかいない。階級も団体も乱立していない時代。「68戦66勝61KO勝ち2無効試合」という実績の前にはサラテ、デュラン、ハーンズ、シュガー・レイ、ハグラーといった後の怪物たちもかすむ。

 ファイティング原田を破った豪州のライオネル・ローズをリング外に吹き飛ばして王座を奪取。東京五輪の金メダリストで、希代のテクニシャンと称された桜井孝雄もローズ同様にリング外にたたき落とされた。金沢の挑戦は無謀視され、金沢が何ラウンド持つかだけが話題だったと記憶している。

 ところが、試合が始まると金沢はこの怪物と果敢に打ち合いに出る。オリバレス最大の武器、強烈なボディーアッパーを何発かくらっても金沢は倒れない。逆に13ラウンドには、得意の右フックをオリバレスのテンプルに打ち込み、ダウン寸前にまで追い詰めた。

 だが、思い直してみると、ここで金沢のスタミナは尽きていたのだろう。次ラウンド、両手を上げ万歳のような格好で叫びながら怪物の懐に飛び込み、力尽きた。

 この時の感動は今でも強烈だ。この試合の3年後、キンシャサでスローモーションのように崩れ落ちたジョージ・フォアマン、藤猛の“ハンマー”で打ち砕かれたサンドロ・ロポポロ、足を引きずりながらチャチャイ・チオノイを逆転KOした大場政夫。どの場面もこの試合の感動には及ばない。

 引退後、住職になった金沢は、この試合を「なぜ自分はこんなに頑張っているんだろう。倒れてしまえばいいのに、と思いながら戦っていた」と振り返っている。

 政治も経済も教育も、すべてがすさみきっているような時代である。新聞の編集も“明日なき世界”を切り抜いているような気すらする。金沢がオリバレスのテンプルに当てた一発の気概。写真を眺めながら、深夜ひとりで自分に気合を入れている。(編集長 鶴田東洋彦)

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